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青森市で活動する劇団エゴイストの代表高橋康子と、時々その仲間たちが綴るよもやま話。


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意味って何だ

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長すぎてツイートできないつぶやきを、こちらのブログで。

私が16のとき、はじめて見たどくんごの芝居でそんな台詞があった。

芝居って、意味とかじゃないんだ。

当時、高校の演劇部で「テーマは大事だ」と大人の人たちに言われつづけていた自分にとって、演劇における「意味」は必ずしもなくてもいい。意味ではないものでもこんなに面白く、成立するのだ。
これを学んだことは、衝撃であり、財産だった。
それで、学校の枠も壊して、やりたい人たちだけで組んで会場を借りて集団創作した芝居を上演したり。
このときは、「高校生には許可できない」「大人を連れて来い」と言われまくって、本当に苦労した。
どくんごの芝居と出会う一年前、ある有名な女性演出家に芝居を見てもらう機会があり、
「貴方は、水商売の女を馬鹿にした声をしている。こんな声の人間は、間違いなくプロになっても役なんかつかない」
と舞台上で、観客の前で言われた。

高校を卒業したら東京に行くんだ。
演劇が毎日上演されているような、そんな世界に身を置くんだ。

なんの疑問もなくそう思っていた自分には、「間違いなく役なんかつかない」という言葉も衝撃だったが、「水商売の女を馬鹿にしている声」というのは、それ自体が水商売の女性を馬鹿にしているのではないか、このような視点で演劇を作っている人の元に行ったとしても、確かに私はなじめないだろう、そんな漠然としたもやもやを一年間抱えていて、出会ったどくんご。

声が悪い?
それが何?
だみ声だろうがなんだろうが、かっこいいものはかっこいい。
テーマ?そんなものは勝手に解釈すればいい。
昨日の芝居と今日の芝居が違う舞台があってもいい。
お客さんが舞台に上がっちゃう舞台があってもいい。
そうだ。プロとして使ってもらえないのなら、私はせめて、一流のアマチュアになろう。

これは2日間とも見なければならない、行かなければずっと後悔する。と、バイト先に無理を行って、二日とも通った。
確かさっちゃんに、
「昨日、難しい顔をして見ていたから、気に入ってくれていないのかと思った」
と言われたような気が。
人生のまったく定まっていない10代という時期に、どくんごという強烈なものに出会ったのはとても幸いだったと思う。
その後、私の創る作品から「一般受け」という概念は消えた。

どくんごって、どんなのか、少し気になるけど、行こうか、どうしようか。
もしこの文章を読んでいる人の中で、少しでもそう思っている人が居たら、それは、是非、行ったほうがいい。
演劇にちょっと行き詰まりを感じてる演劇関係の人なんか、是非見たほうがいい。
ミュージシャンもダンサーも、是非見たほうがいい。
子供が居たら、一緒に来ればいい。
親より子供のほうが、もしかしたらどくんごのファンになってしまうかも。

どくんごのある人生とどくんごのない人生。
どちらの人生がより豊かで楽しいか、どくんごを見たことがある人であれば、答えは決まっているだろう。
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